沢田研二さんコンサート当日中止「契約上の問題」・脱原発の署名が原因・楽曲

歌手の沢田研二さんが、10月17日さいたまスーパーアリーナで予定していたコンサートを中止したことが話題となっていますが、今回はこのコンサート中止について調べてみました。

引用;https://news.biglobe.ne.jp

歌手の沢田研二(70)が17日、全国ツアーのさいたまスーパーアリーナで開催予定だった公演を急きょ中止した件について18日、横浜市内で日刊スポーツなどの取材に応じた。
公演中止の理由について、「(観客の数が)当初9000人と聞いていたが7000人しか入っていなかった。また、リハーサルの時点でモニターを見た時に、客席もつぶしてあって『なんだこれは』となって。最終的に中止は自分で決定した」と話した。
「もちろん、僕の実力不足はあります」としつつ、事務所やイベンターに対しても「もっと頑張ってくれとも話してきた」といい、複雑な胸の内を告白。ファンに対しては「本当に申し訳ありませんでした」と謝罪した。

引用;https://news.biglobe.ne.jp

何か月も前からこの日を楽しみにしていたファンにとっては、開演30分前に突如、開催中止になってしまったことはとてもショックだったに違いない。

ライブ翌日の18日になって取材に応じた沢田研二さんは、9000人と聞いていた集客が実際は7000人だったと告白。

「客席がスカスカの状態でやるのは酷なこと」

「僕にも意地がある、意地を通させてもらった」と取材で答えていましたが、一部のファンからは、沢田さんが以前から熱心に取り組んでいる原発反対署名活動との関連を指摘する声もあがっています。

脱原発の署名活動

実際、横浜アリーナでのコンサートでは、ロビー内で署名を集めている団体がいたそうです。

会場によっては、署名活動を利用規約で禁止しているところもあり、さいたまスーパーアリーナの利用規定では署名活動禁止を明確にうたっていないものの、さいたまスーパーアリーナの運営会社には、東京電力が株主として名を連ねており、会場側が反原発の署名活動を禁止行為に該当すると認定した可能性があり、中止になったと考えられます。

沢田さんのコンサート内容は、政治色の強い歌がたくさん有り、2012年3月に発売したCDは、東日本大震災をテーマにした曲で、全4曲を沢田さんが作詞しています。

沢田研二さんの楽曲

1975年~1986年にかけての楽曲は沢田研二さんならではの楽曲でした。

1975年 時の過ぎゆくままに

1977年 勝手にしやがれ・サムライ・憎みきれないろくでなし

1979年 カサブランカ・ダンディ

1980年 TOKIO・恋のバット・チューニング

1981年 ス・ト・リ・ッ・パ・ー

1982年 ダーリング

1986年 危険なふたり

★「勝手にしやがれ」では、歌の途中で帽子を投げ、「サムライ」の衣装は透けていました。この当時、男性が透けてる衣装を着るのは珍しかったと思います。

「カサブランカ・ダンディ」では、洋酒?を口から霧のように吹き、「TOKIO」では、大きなパラシュートを背負って歌い、「恋のバット・チューニング」は、今では珍しくありませんが【カラコン】を付けて歌っていたのを覚えています。

38年前の【カラコン】は、とても斬新で、沢田研二さんは時代の先をいってたと思います。

]

ネットの反応

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする